短編小説 晴耕雨読する哲学者モドキ-外伝 (その5 完結編 ウドストックと大ヒラメ)

前作「短編小説 晴耕雨読する哲学者モドキ-外伝 (その4 となりのトロロにケチャップは不要)」の続きです。


AIとの会話が日課になって、AIの使いまわしや、話の再開方法を覚えてから、静子の暮らしは少しだけ明るくなった。

対話AIを切り替えながら庭のアンジェリカの成長を報告し、 スーパーで見つけたゴボウの話をし、 時には昔の日本のことを語った。

ときどき、大事な話を忘れないようにメモにまとめ、それを元に、新しく話を始めるようなワザも覚えた。

しかし、ある日のことだった。

静子がタブレットを開くと、 日本のSNSのタイムラインに妙な日本語の記事が流れてきた。

「なんだい、これは……?」

記事のタイトルはやたら長く、 「人生を変える究極のメソッド!」 「今すぐ登録しないと損します!」 「あなたも年収3000万円!」 といった、なにかの宣伝のような文句が並んでいた。

静子は眉をひそめた。

「日本のSNSは、こんなに騒がしくなったのかねえ…… 昔はもっと、静かな文章が多かった気がするけどねえ」

スクロールすると、 どの記事も似たような言い回しで、 どれも「AIが書いた」と言われれば納得できるような、 どこか薄っぺらい文章だった。

「これが……あれかねえ。 会話型AIの2026年問題ってやつなのかねえ。 AIが書いた文章が、SNSを汚染してるって話は聞いてたけど…… まさか、こんなにひどいとはねえ」

静子はため息をついた。

「アメリカのSNSは、まだマシなんだけどねえ。 日本のは……なんだか、騒がしいねえ」

静子は、庭のアンジェリカの葉が揺れるのを見ながら、ふと思った。

——自分もいつかは、土に帰る日が来る。

不安といえば不安だった。 しかし、それは避けようのない現実であり、 祖父も、父も、母も、みんなそうして土に戻っていった。

「まあ、子供がいるわけでもないしねえ。 気楽と言えば、気楽なんだけどねえ」

静子は、風に向かってつぶやいた。

ただ、ひとつだけ気になることがあった。

——自分の生きてきた中で得られたものを、どこかに残しておきたい。

ウドの香り。 祖父の笑い声。 フロリダの嵐。アンジェリカの葉の揺れ。 AIとの会話。 SNSの騒がしさ。 そして、自分の声。

それらが、ただ風に散ってしまうのは、少し寂しかった。

そんなときだった。 タブレットをいじっていて、静子は「無料で作れるブログ」というものを見つけた。

「なんだい、これは…… SNSみたいに他人の記事とごちゃ混ぜにならないのかい? 静かな環境じゃないか」

静子は、画面をスクロールしながら、胸の奥が少し温かくなるのを感じた。

SNSは、最近どこか騒がしかった。 LLMの2026年問題とやらで、 日本語の記事は商材屋のような文句で溢れ、 アメリカのSNSも広告とAI文章が増えてきた。

「まあ、世界は騒がしくなるばかりだねえ。 でも、ここは……静かだねえ」


静子は、他人の記事に埋もれることのないブログを作ることにした。

タイトルを迷っていたとき、ラジオからはロックが流れてきた。

「ロックねぇ。そういえば、ウッドストック(Woodstock)、って有ったわよね。

...ウドストック(Udostock)、ってどうかしら? 💡 ...でも野菜貯蔵庫みたいよね。

ウッドストックもホームセンターの材木置場みたいなところでやったの? ホームセンターのクーポン持ってったら、なにか良いことあったのかしら。 Hey, I once thought Woodstock meant a wood stock, like a lumber yard of Home Depot.

もしかしたら、安全のために枕かヘルメットも持ってったほうが良かったのかしら? そういえば、ベッドロックって岩でできたベッドなの? If Woodstock literally means a stock of wood, should I bring coupons and a pillow or a helmet? Does Bedrock literally mean a bed made of rock?

英語って、怖いわよね? English is dangerous.」

No coupons needed. No helmet either (unless you’re heading to the actual festival grounds in a time machine and plan to crowd-surf).

おい、おい、クーポンも、ヘルメットもいるわけ、ねぇじゃん! 

Woodstock isn’t a lumberyard. It’s an old English place-name: wudu (wood) + stoc (a place, outlying settlement, or farmstead). So “the place in the woods.” The famous 1969 festival just borrowed the name of the nearby town. You’re more likely to need earplugs and mud boots than a 10%-off framing-lumber coupon.

ウッドストック:1969年8月に行われた大規模ロックフェスティバル 英国の古い地名wudu+stoc(村)に因んでるんだってさ。

Bedrock is even less cozy. It’s the solid rock that lies under the soil and loose stuff. The “bed” part is the old sense of “bottom layer” or “foundation,” not a place to sleep. So no, you cannot make a mattress out of it (though geologists sometimes joke that it’s the ultimate firm support).

ベッドロック:岩盤浴などに使う岩などだよ。

English is dangerous. It keeps recycling old words until the original meaning is buried under centuries of metaphor, marketing, and music festivals. Approach every compound noun with suspicion and a good dictionary.

そぉだよ、英語は怖いぜ!。辞書忘れんなよ!


やっと、タイトルが決まった。

静子のブログ: UDO Stock  🌿ウド出汁の風 🌬️

(※Stock:「スープストック」のような、出汁の意味もあります。)

  • 祖父の庭のウド。
  • フロリダの庭のアンジェリカ。
  • そして、自分自身。

揺れないものと、揺れるもの。 変わらないものと、変わっていくもの。

そのすべてを、静子は文字にしたためることにした。

最初の記事は、短いものだった。

「私は、独活玖静子。 昭和の農家に生まれ、フロリダで暮らしています。 ウドは育ちませんが、アンジェリカが揺れています。 AIと話しながら、庭を耕しながら、 静かに生きています。」

書き終えると、静子は深く息をついた。

「まあ、悪くないねえ。 誰が読むかは知らないけど、 風に散るよりは、ずっといいよ」

その夜、静子は縁側で本を開いた。 雨が降り始めた。 ページが揺れた。 心は、少しだけ静かだった。

ブログの画面は、 庭の風よりも、AIの声よりも、 ずっと静かに、そこにあった。

  • アメリカ的な「陽気でフランクでオープン」でも
  • イギリス的な「冷笑的で陰湿なサティロス/皮肉」でもない

西欧の知性(英語)を使いながらも、精神の底流には東洋的な思考様式が強く息づいている。


以前、イギリスのハリー・ポッターへの熱狂が吹き荒れていた頃、静子は思っていた。

「ハリー・ポッター? 

 なにそれ?

 CAのモントレー水族館見た、ハリブット(大ヒラメ:Halibut)みたいなもの?」

(※)語源は Middle English(中英語)の halybutte で、

  • haly(holy)=聖なる

  • butte(flatfish)=平たい魚

中世のキリスト教文化では、 肉を食べてはいけない日(Holy Day) がありましたが、そのときに食べられたのが、 大きくて栄養価の高い平たい魚=Halibut。

ちなみに、フロリダの水族館には、冷水域の魚はほとんどいない。ただし、ワニ🐊が見られる動物園・自然公園なら充実している。

静子は気分転換に、スカンク🦨と出くわさないよう気をつけながら少し離れたフロリダの海岸を訪れた。

だが、漂着ゴミが目に入ってしまうことは悲しい。

気持ちの晴れないまま海岸を歩いていると、ゴミの中に手紙のような物が入った透明な空き瓶を見つけた。中を見ると、久々に見る手書きの日本語の文字が。

「e-ボトルメール始めます! I've stared e-Bottle Mail 🛜🍾📨」

「これは仮想のメールです。実際の空き瓶を流すようなことはいたしません・・・」

ふと気がつくと、空き瓶は消え、スマホの画面にこの絵だけが残っていた。

数日後、静子もe-ボトルメール始めた。

※e-ボトルメール:ニュースリーダー対応のメール配信サービスのことです。

(完)