孤独の自炊 #001:ちくわぶ おでん (復刻版)

lonely

コンビニのおでんが売り切れていたとしても…

敗北感、という言葉がこれほど似合う夜もない。

ようやく仕事を終え、 出張先のビジネスホテルに向かう途中、重い足取りで駆け込んだコンビニ。

期待していた「おでん」コーナーは、すでに清掃の準備が始められていた。残っていたのは茶色い汁の底に沈んだ、数個のしらたきだけだった。

だが、私は諦めない。 踵(きびす)を返し、近所の深夜スーパーへ向かう。目指すは練り物売り場だ。

既製品のレトルトおでんセットには目もくれない。あれは「おでん」であって、私の求める「救済」ではないからだ。

ストイックな選抜メンバー

カゴに入れたのは、三つの精鋭たちだ。

  • ちくわぶ:東京の夜の孤独を埋める、小麦粉の塊という名の希望。

  • 厚揚げ:油分がコクを生む。今回の出汁の要。

  • カニカマ:赤い天然着色料は、デスクを彩るネオンサインだ。

カニカマを選ぶ際、私は必ず裏面をチェックする。合成着色料である「赤色〇号」の類が使われていない、植物由来などの色素で染められたものを選ぶ。

安価な食材だからこそ、その出自には誠実でありたい。それが、ビジホ自炊における私なりのコダワリだ。

(💡天然色素であっても、コチニールなど稀にアレルギーを起こす場合がありますので、ご自身の体質に合ったものをご選択下さい。)

これに、個包装のかつお節と、200円少々の「純米」と記されたカップ酒を添える。会計は、昨今の物価高を考慮しても千円札で十分おつりがくる。これで最高の夜が約束されるなら、安い投資だ。

耐熱密封袋という名の小宇宙での下ごしらえ

ホテルの部屋に戻り、私は「魔術」を開始する。 使うのは、鞄に数枚忍ばせている耐熱密封ビニール袋(例:ジップロックやリード冷凍保存バッグなど)だ。これさえあれば、世界中のあらゆる場所が厨房に変わる。

耐熱密封ビニール袋は不適切なことがわかりました。🙇
別記事、孤独の自炊外伝で、対案をご紹介しています。💡

まず、厚揚げを耐熱密封袋に入れた後、洗面台の蛇口から出る最高温度の湯で一度洗ったあと、一口大に切っておく。

次に、ちくわぶを1cm以下の斜め切りにする。パッケージに書かれた「特有の匂い」を消すため、厚揚げと同様に湯をかけ、表面の油を軽く落とす。

温度を操る魔術

耐熱密封袋に全ての具材を放り込む。カニカマはあえて親の仇のように細かく引き裂く。これが「出汁パック」の代わりになる。 味付けは、

耐熱密封袋に全ての具材を放り込む。カニカマはあえて親の仇のように細かく引き裂く。これが「出汁パック」の代わりになる。 味付けは、

  • スーパーの惣菜コーナーで貰った醤油(5〜8cc)と塩ひとつまみ

  • ビジホのティーバッグ横のスティックシュガーを半分。(1.5g程度)

  • そこにかつお節の半分を「先入れ」し、

ケトルの熱湯を注ぐ。

(💡水からでも可能ですが、様子を見ながら後の加熱時間を延ばしてください。もし、ビジホに昆布茶があれば、ぜひ入れてください。その場合、塩は控えめに。昆布の旨みが加わり、味の奥行きが一気に広がります。また、スーパーのお惣菜コーナーで、醤油パック等をいただく場合は、それなりの最低限のお惣菜も購入すると、スーパーの方からも喜ばれます。)

耐熱密封袋に収まった3具材たち。ここからが、孤独な美食家としての腕の見せ所だ。

私は、おでんの袋、カップ酒をバスタオルでくるみ、ホテルの廊下にある共有の電子レンジへと向かう。

(💡現在のビジホでは、室内にレンジが設置されていることが多い筈です。)

まず、おでんの袋だけをレンジに入れ、200W程度の弱モードでじっくり3分。 いきなり高火力で攻めてはいけない。弱火に相当する低出力で、ちくわぶの芯にあるデンプンをじわじわと呼び覚ますのだ。この3分間が、粉っぽさを消し、あの独特のモチモチ感を生むための「忍耐」の時間となる。

3分後。袋は心地よく温まり、出汁の香りが立ち始めている。 ここで真打ち、純米カップ酒も脇に添える。 今度は500Wの標準モード。耐熱密封袋のチャックを少し開けたらカップ酒も並べ、1分加熱しては場所を入れ替えるという「位置替え」の儀式を、カップ酒が熱燗の飲み頃になるまで数回繰り返す。

(熱燗を同時に作らないのであれば、弱モードでもう3〜5分程度加熱でもかまいません。)

「レンジの中の熱のムラを、私の手で修正していく。このひと手間が、ちくわぶの味染みを均一にし、酒を理想的な上燗へと導くのだ」

庫内から漂う、出汁と具材の混ざり合った芳醇な香り。 最後は、熱々の袋の空気を抜いて口を閉じ、カップ酒とともにバスタオルで包み込みなおし、部屋に戻って最後の仕上げ「余熱浸透」に委ねる。

部屋に戻って、シャワーを浴びれば、完璧な「整い」の準備が完了する。
「保温調理」だ。このまま10分、私はシャワーを浴びて、自分をリセットする。

熱燗と、白き絶景

バスタオルは使っているので、シャワーを浴びたら、とりあえずハンドタオルやフェースタオルで身体を拭いてごまかそう。髪が短い男はこういう時、得だ。

耐熱密封袋の口を外側に数回折り返せば、即席の自立するボウルに早変わりだ。仕上げに、残りの鰹節をパラリと振りかける。

立ち上る湯気と共に、即席とは思えない「魚介の香り」が部屋を満たす。 ちくわぶを箸で持ち上げれば、断面は出汁を吸い込み、うっすらと琥珀色に染まっている。

一口、頬張る。 熱燗を流し込む。 ……完璧だ。 余計な糖分や酸味料のない純米酒を温めることで引き出された米の旨みが、ちくわぶの素朴な小麦の甘みを受け止める。厚揚げの油が、お湯を「和のスープ」へと昇華させている。カニカマは、その繊維一本一本に旨味を蓄えている。

贅沢とは、高い金を払うことではない。 不自由という名のスパイスを使い、どれだけ自分を満足させられるか。その答えが、今、私の胃袋を温めている。

立つ鳥、跡を濁さず

翌朝。 昨夜の宴の残骸は、スーパーのポリ袋の中に静かに収まっている。 空になったカップ酒の瓶と、小さく丸められたビニール袋。 私はそれをホテルのゴミ箱へ分別して納め、何事もなかったかのようにネクタイを締める。

チェックアウトの際、フロントで「よく眠れましたか?」と問われれば、私は自信を持って頷くだろう。 私の鞄には、まだ耐熱密封袋の予備がある。 今夜の出張先には、どんなちくわぶが待っているだろうか。


このストーリーを練っているうちに、私自身、どうしてもあの味が恋しくなり、自宅で再現してみました。

器は、実用性しか考えていないことが多いので、あまり相応しくないかもしれません。

自宅でしたので、今回は耐熱密封袋ではなく、お皿に盛り付けてラップをかけ、レンジで仕上げるスタイルです。 そして、脇の別の一皿は、これとは別に一晩、保温鍋でじっくりと加熱調理しておいた大根、コンニャク、昆布、タコ、干しシイタケです。昆布は、赤羽昆布という、羅臼昆布(濃厚な出汁が出ます)の端っこの低価格品です。タコは、値下げされていたものを冷凍保存しておきました。食べやすくなるように煮込む前に隠し包丁を入れてあります。

さすがに、大根を芯まで煮込むような調理はホテルでは無理ですが、時間さえかければ簡単です。自炊の面白さに気づかれたなら、ぜひこうした、少し手間のかかる料理にも挑戦してみてください。

ホテルで再現される場合、別の具材、例えばハンペンや、さつま揚げなどもおすすめだと思っています。

自炊は、自分をいたわる一番手軽で、そして最高に自由な手段です。

もし今夜、あなたの目の前でおでんが売り切れていたら……。
迷わず、練り物売り場へ向かってみて下さい。そこには、あなただけの「こだわり」と、温かな幸せが待っているはずです。


私は、グルメ自慢や素人料理自慢をするつもりはありません。

いわゆる、「ライフハック」をオススメするつもりもありません。
無料調味料などを利用させていただく場合は、一緒にそれなりのお買い物をすることも節約生活を長続きさせるコツです。

この記事をを見て、何か自炊してみよう、と思うきっかけになれば、それで満足です。


  • 除名に至った経緯は カテゴリー:5243.t(note)について  に詳しくまとめてあります。また、関連情報も 5243カテゴリー の記事として随時追加しています。
  • この記事は、以前noteに投稿していた記事の復刻版です。復刻にあたり、note内のリンクは外し、当サイトでの該当記事へのリンクに変更しています。