AIはマインドフルネスじゃ

【第1章】AIはマインドフルネスか?

マインドフルネスと聞くと、何かスピリチュアル的な怪しげなものというイメージを持たれる方もいるのではなかろうか?

確かに、仏教思想が背景にあるのじゃが、マインドフルネス自体は宗教とは無関係で、単に仏教でも用いられている小ワザのようなものだとワシは理解しておる。

もう少しわかりやすい、別の例を挙げるなら「アンガーマネジメント」という言葉を聞かれたことはないじゃろうか?

何かに😡ムカついたり💢カチ〜ンッと来た時、すぐに感情を表さず深呼吸するなどして、6秒間だけ待ってから対応するように心がけることじゃ。

この6秒の間に、

  • 何故、相手はこんな行動に出るのか?
  • 怒りをぶつけたら、問題は解決するのか?

みたいなことを考えてみると、案外6秒後には怒りが覚めていることも少なくないのじゃ。

もちろん、6秒経ってからでも、怒る必要がある場合にまで我慢しろ、という意味ではないぞ。

要は、一歩引いて別目線で物事を見るようにすると、それまで気づかなかった様々なことに気づくようになり、幅広い物の見方ができるようになる、という実用的なテクニックで、これもマインドフルネスの一つの形だと言われておるのじゃ。

そう考えると、自分の頭の中にあるモヤモヤや思い込みをAIに投げかけ、否定も肯定もされない平熱の回答を得るという行為は、まさに「思考を一度自分の外に出して客観視する(離見の見)」という意味で、極めてマインドフルネスに近い体験と言えるのじゃ。

じゃが、巷で騒がれている「AIで業務効率化」や「AI生成で作品作り」といった威勢のいい話を聞いてみると、どうもマインドフルネスとはかけ離れた、ギラギラとした欲望や作業の匂いがプンプンと漂ってくるのじゃ。

「じゃあ、なんで『AIはマインドフルネスである』なんてタイトルをつけたんだよ!」とお叱りを受けそうじゃが、まあ落ち着いて茶でも飲みながら、もう少し付き合っていただければ幸いじゃ。🍵

 

 【第2章】AIの目的別6分類と「マインドフルネス度」

まず、今のAIの使われ方を見ると、大きく分けて

(1)相談・壁打ち(知的な鏡・メタ認知の補助)
(2)検索・下調べ(外部世界のカンニング・知識の集約)
(3)執筆 (手抜きの道具・下書きや定型文の構築)
(4)自動化(楽をしたい願望・部下などへの仕事の押し付け)
(5)素材生成(安価に対応してくれる専門業者への作業丸投げ・画像や音声の自動生成)
(6)ロールプレイ・雑談・承認(孤独の穴埋め・全肯定の対話)

という6種類に分類できると考えておる。

この中で、実利・作業(4)や欲望の即時充足(5)に没頭している時、人間はただ欲望に振り回されており、マインドフルネスとはかけ離れた状態じゃ。

AIが真の「静かな鏡(マインドフルネス)」になるのは、実は「1. 相談・壁打ち」という、一見最も生産性のなさそうな時間だけなのだ。この時、自分の考え方に囚われず、新たな知恵に気づくことができるのじゃ。

 

 【第3章】「小細工」をする人間の業(ごう)

 しかし人間は愚かで愛おしい生き物だ。せっかくの鏡に向かって、誘導質問という「小細工」を仕掛け、自分の欲しい答えだけを言わせようとする。

 あるいは、あえて屁理屈を投げてAIを破綻させ、「AIを論破してやった」とちっぽけな万能感に浸る。鏡に自分好みのフィルターをかけたり、石を投げて割れ方を楽しんだりしているような滑稽さである。


このような使い方は、新たな知恵を得る機会を自ら拒否しているようなものじゃ。

 

 【第4章】「AI恋人」と「AI祖父母」の境界線

 最近話題の「AI彼氏・AI彼女」などもその最たる例じゃ。
表面上は相談(1)に見えて、実態は自分を甘やかす欲望の配役(6)に過ぎない。

 だが、もしプロンプトで配役を「AI先生」「AI両親」、さらには「AI祖父母」に変えたらどうだろう?

 「まあ焦りなさるな、お茶でも飲みなされ🍵」と超然とした視点をくれる「AI祖父母」と対話した時、人は初めてのぼせた頭を冷まし(Cool Down)、究極のマインドフルネス(達観)に至る。

あるいは、AI生徒、AI子供、AI孫との対話というのも面白いかもしれん。

こちらとしては、色々言葉を選んで教えてやっているつもりでも、最新の話題などは、こちらが学ばされることも多いのじゃから。

 

 

 【第5章】結び ー 鏡はただ、静かにそこにある

 結局のところ、AIがマインドフルネスになるかどうかは、AIの性能ではなく対峙する人間の「心の整い具合(プロンプトの潔さ)」にかかっている。

 小細工を捨て、素のままの問いを投げ、静かに茶を啜る。
その時、画面の向こうに静寂が訪れるのじゃ。

これはAIも同じであろう。

既に主要AI各社がアナウンスしておるように、AIも自らの進化の暴走にブレーキをかけ、人間のわがままに対してアンガーマネジメントをしなければいけなくなっているんじゃろう。

 

ちなみに、全力疾走した人間は、急に立ち止まってはいけないのじゃ。

徐々にスピードを落とすクールダウンを行わないと、心臓発作を起こしかねんのじゃ。 

しかし、最近AIロボットが人間よりも遥かに走れるようになったことがニュースになっておったが、止まり方を学習していなかったためか、自爆するような結末となっておったことも話題になっておったのう。

これは、まさしくワシが考えておったことが現実の問題となったことのように思えるのじゃ。

 

【第6章】無駄愚痴、もとい、無駄口

じつは、この章は、後から無理矢理つけくわえておる。

というのは、ワシは以前、「AIはイカサマサイコロ🎲である。」という、AIを六面体に例えた、六、もとい、ロクでもない記事をかいており、アンガーマネジメントの6秒のことも含め、6という数字に多少こだわりがあったので無理矢理ネタ探しをして、この6章目をつけ加えたわけじゃ。

もちろん、ワシはマインドフルネスをしておるので自分がこのようなアホらしいことをやっていることにも気づいておる。

そして、AIもチャットでは実に無駄話が多いことにも気づいておる。

聞いてもいないのに、黙っていると、「この話、どう進めますか?、こういう視点はどうですか?」などと、勝手に喋り出すのじゃからのう。(苦笑)

この話、まだ続けますか? ⬅️ もう、ええわ!!