年賀状のネタ探しに馬と巡る十の旅

序文: 年賀状への情熱と悩み
師走となり、今度の年賀状のアイデアを捻っている方もいれば、すでに年賀状じまいを宣言されお気楽になっている方、そのほか年末年始の計画を考え始める方が多くなる頃かと思います。
自分も年賀状をどうしようか迷っていたのですが、来年の干支の馬(午)について調べてみたら、年賀状だけでなく、年賀状じまいについてもヒントが見つかりましたので、ここにまとめてみました。
年賀状に困っていたり、どうやって日銭を得たらよいか分からず競馬場で立ち尽くす人々。その姿は、悟りのために十牛図を見ながら「牛」を探す修行僧の姿に似ているかもしれません。
💡 十牛図とは
十枚の牛の絵になぞらえて人間の精神的な成長のプロセスを表したもので、仏教(特に禅宗系)で昔から用いられてきたものです。近年ではマインドフルネスの普及に伴いビジネスフレームワークとして使われる場合もあります。
🐴 この作品『十馬図』について
十牛図は、シンプルな絵だけで構成され、その神髄を意味する言葉は何も記されていません。解説は多数見られますが、宗教的であったりビジネス的であるものが多いようで、自分にはまだ十牛図の敷居は高いように感じられます。
この作品「十馬図」は、「十牛図」を漫画の様にわかり易くできればと思い、牛を馬に置き換えたり、著名な高僧の言葉をコミカルに加えたり、さらには、落書きの様に人の目に入りやすいところに晒すことで、より多くの人に役立ってもらえればと作成したパロディ作品です 。
🎨 十馬図:執着を手放す、自分探しの旅路
第1図:尋馬

賛:「馬耳東風 一遍」
一般解説: 「なんか人生モヤモヤするな……本当の自分って何なのさ?」みたいな漠然とした悩みをきっかけに、自分探しの旅を始めたりする状態です。
十馬図解説: 万人救済を目指す時宗の一遍上人は、欲が渦巻いている競馬場で「一攫千金狙ったって…」などと、ヤボなことを口にする方ではありません。ボソッと「馬耳東風」と独り言を呟いています。
殆どの人は気にも留めていませんが、失意を抱えながら風に吹かれるように競馬場を跡にする人もいるようです。
十馬図作者心境:傑作を作ってバズりたいという煩悩に突き動かされ、熱狂的にアイデアを探し始めていました。
一方で、何処で聞いたかは定かでないのですが、外国のIT企業では福利厚生プログラムの一つであるマインドフルネスが静かなブームになっているという噂を、なんとなく気になり始めていました。
第2図:見馬之跡

追加の賛:「馬じゃげな 一休」、「そうじゃげな 蓮如」
一般解説: 「もしかすると、これが探していた答えなの?」と気づく段階とされます。
十馬図解説: この図は臨済宗(禅宗系)の一休禅師と、その宿命のライバルとも言われる、浄土真宗(浄土系)の蓮如聖人にまつわる、著名な逸話をもとにしています。
逸話概要
とある裕福な方が、お持ちになっている馬の屏風絵に箔をつけてもらおうと考え、一休禅師に一筆(賛)の追加をお願いしたところ、なんと、「馬じゃげな」(馬だよねぇ)という一言を書き加えられてしまいました。絵の持ち主が期待した格式のある言葉とは裏腹に、馬の絵を権威で飾ろうとする俗物根性を捨てるべき、という禅の教えを突きつけられたわけです。しかし世俗に染まりきった持ち主は、煩悩を捨て切れず、やむなく、一休禅師のライバルとも言われる蓮如聖人に起死回生の一言の追加をお願いしました。
すると、なんと、「そうじゃげな」(そうだよねぇ)という、『こだわりを捨て、お仏様にお任せしましょう!』という浄土真宗の教えに沿った、穏やかなお言葉を追記いただき、トドメを刺されてしまったのでした。
十馬図でこのシーンに描かれているのは、馬そのものではなく、馬の足跡のようなものが記された巻物です。
十馬図作者心境: 何をテーマにしていいのか判らず迷っていましたが、とりあえず、面白そうなこの逸話を作品に取り入れてみました。
第3図:見馬

追加の賛:「ウチおいで 寂聴」
一般解説: 「あ、これが答えだっ!」と直感的とわかるだけでなく、さらに「これさえ覚えりゃ、もう大丈夫だぜ!」のような慢心や執着も生まれる段階とされます。
十馬図解説: この図では、奥に描かれた仔馬を見つけて喜んでいる子供が描かれています。
天台宗の寂聴は、包摂的な慈悲をもって「ウチおいで」とやさしく語りかけます。これは、誰をも救済しようとする大変慈悲深いお言葉なのですが、ある種の誘惑とも誤解されかねません。
十馬図作者心境: もうちょっと受けそうなネタや表現を追加できないか、欲望が沸いてきました。
第4図:得馬

追加の賛:「拙僧が看ておる 宗性」
一般解説: 目標に向かって必死にチャレンジしはじめますが、「もっと完璧にマスターしなくっちゃ!」という焦りも生まれ、ムチクチャしんどい時とされます。
十馬図解説: この図では捉えられた若馬が描かれています。
奈良仏教系華厳宗の宗性は、全ての存在は相互に影響しあう縁起という考え方、それも、特に愛欲について学問的に深く掘り下げたそうです。修行僧の面倒もよく看ていたそうです。
十馬図作者心境: 表現の仕方によっては、世間様から反発を食らうことがあることに気づきました。
第5図:牧馬

追加の賛:「たわけものっ 日興」
一般解説: 焦りが少しずつ減ってきてはいますが、マスターするには、まだまだ鞭が必要な状況のようです。
十馬図解説: この図の馬は、猿轡(さるぐつわ)をかけられ、ストレスが溜まっているようです。
日興上人は日蓮宗の最も戦闘的かつ厳格な思想を体現する人物とも呼ばれるそうです。ただし、この「たわけものっ」という厳しい言葉は、既出の讃への批判ではなく、絵の持ち主などの執着心に向けられたものと解釈できます。
十馬図作者心境: 過激な表現を避けるよう、自己規制も心掛けました。
第6図:騎馬帰家

追加の賛:「あそぼっ りょうかん」
一般解説: 色々考えなくても自然にリラックスできるようになったので、ご機嫌で自分探しの旅から帰宅する状況です。
十馬図解説: この図の馬もご機嫌で闊歩しているようです。
曹洞宗(禅宗系)の良寛の自由で純粋な「あそぼっ」という賛は、執着のない純粋な喜びを示しています 。
十馬図作者心境: 他の人からの評価はどうでもよくなり、創作そのものが楽しくなってきました。
第7図:忘馬存人

追加の賛:「馬の耳に念仏 その他一同」
一般解説: 何を探してたのか忘れてしまい、ただ普通に生きている状況です。
十馬図解説: この図で記された「馬の耳に念仏」という賛は、真言宗など、前までの図で取り上げきれなかった他の教えも含んだ包括的な言葉です。
絵が消えてしまい言葉だけが残ったこの図の屏風は、無駄な念仏のように見えるかもしれません。 しかし、無駄の極致こそが真実である、というのが逆説的な真理でもあるようです。 第1図の「馬耳東風」とも対を成しています。
十馬図作者心境: 作品が徐々に仕上ってきたように思われました。
第8図:人馬倶忘

賛: なし
一般解説: 前の図までの状態は実は夢の中での事で、目覚めてみたら実際には何も異変はなかったことに気がついた、というような状態です。漫画の世界などでも、よく、このような顛末(オチ)が見られます。
十馬図解説: 改めて見直してみたら、屏風も無地になってしまっていました。
十馬図作者心境: どうでもええわ。
第9図:返屏風還源

メッセージ:「ご自由にお持ちください」
一般解説: しっかりと目が覚めてから、改めて周囲にも目を向けてみると、目に飛び込んくる見慣れたはずの光景が、以前とは全く別物に見えてきます。
十馬図解説: なんだか悟っちゃった様な境地から日常に戻った屏風の持ち主は、もう見栄を張って屏風をキープする気がなくなってしまいました。この図に描かれている、紐で縛られ放置されている屏風には「ご自由にお持ちください」と張り紙がされて、リサイクルを待っています。
十馬図作者心境: 後述の「この記事のご利用について」をご参照ください。
第10図:馬之戯画

メッセージ:「落書き禁止」
落書き:「わかんねぇだろうな(死語)」
作者: 詠み人知らず
一般解説: ステージが進むにつれ、図は徐々に難解になってます。最終ステージは特に分かりにくいかもしれません。
十牛図でも最終図は「入鄽垂手(にってんすいしゅ)」という、小難しいチンプンカンプンな名前がつけられていますが、要は、悟ったら巷でみんなと一緒に暮らそう、という段階です。
解説: 十馬図では、少しでも分かり易くできればと思い、鳥獣戯画になぞらえて、「馬之戯画」という巻物に仕上げてみました。ところが、なぜか最後にいろいろイタズラされている様です。 巻物なのですから常識的に落書き禁止だと思うのですが、なぜこんなことするのでしょう。
落書き界隈に わかるかなぁ、わかんねぇだろうな。(死語)
十馬図に共感していただけた方は、普段は慎ましくお暮しのはずなのに、懇親会などの席では、この落書きの話で場を盛り上げるのではと勝手に考えています。しらんけど。
十馬図作者心境: 後述の「結び」をご参照ください。
作者の心境がこうだと言ってるわけではありません。
こうだったらいいな、とは思うけど ……
誰がそんなこと言うねん!
結び
謝辞
この記事の画像作成にあたっては、以下のフリーフォント(書体データ)を利用させていただきました。
(ふい字、しょかきうたげ、源暎ちくご明朝、衡山毛筆、しょかきさらり、佑字 粛、金剛TTF教育漢字お試し版、からかぜ、衡山毛筆フォント行書、殴り書きクレヨン)
また、記事の文面や画像作成にあたりましては、少なからずAIのお世話になりました。(AIのご意向を踏まえ、具体的なAIの名称は省略させていただきます。)
関係者の皆様に深くお礼申し上げます。
この記事のご利用について
この記事は落書きのようなものですのでご自由にご利用いただいて構いません。ただし、もし、この記事や画像を模写される場合には模写先様のご迷惑にならない様十分にご注意の上、万一の場合に備えて出所を明記していただくようご配慮ください。
終わりに
もし、この記事が、どなたかの信仰や倫理観を不用意に傷つけてしまったとしたら、それはすべて私の表現力の至らなさによるものです。何卒ご容赦ください。
今回私が思いついた「十馬図」のアイデアを、やっとここに落書きすることができました。 このあと、落書きは一休みして、しばらくは、他の人の素晴らしい落書きを探してみようと思います。 年賀状も同じようにするつもりです。
バンクシーモドキの蛮苦恣意
【補足】
2026年06月09日 予備サイトWordPressに加え、GitHubを原典として再公開します。
(旧note版は除名されたため公開されていません。)
