起承転結で綴る 家庭菜園から世界を考える落書き(フル版)Can my graffitied veggie garden save the Earth? (Long edition)

Introduction

This essay begins with a small episode from my home garden and gradually expands toward global environmental issues, cultural perspectives, and the future of humanity. If you are reading this in English, please feel free to use your browser’s translation function. I would be grateful if you could read it as a cross-cultural reflection rather than a strictly academic text. Thank you for taking the time.


【序】

 この投稿は、国際派エッセイ、もとい「国際派落書き」のつもりです。 日本国内の話題だけでなく、文化・思想・海外事例も意識して書きました。

そのため少々長めになっています。 お時間が許せば、じっくりお読みいただければ幸いです。

【起】

梅雨が開け、暑い夏となりました。 日中の暑さを避けるため、今朝、我が家の小さな菜園に水やりをしてきたのですが、今年も夏茗荷がたくさんとれました。

【承】

関東ではすでにお盆は過ぎましたが、まもなく月遅れのお盆となります。 茗荷が好きだった故人を偲んで、お盆にはまだ早いですが、仏壇にお供えしようと思います。

ちなみに今朝は、他にもプチトマト、ワイルドストロベリー、ブルーベリーが取れたので、ちょっと落書きしてみました。

時間をかければ「ヘノヘノモヘジ」に近づけられたかもしれません。

(ヘノヘノモヘジ:アスキーアートの顔文字の原型とされています。 :-) Japanese Mangaの一つかもしれません。)

食べ物で遊んではいますが、粗末にするつもりはありませんよ。(キッパリ!)この後すぐ冷蔵庫にしまいました。

ワイルドストロベリーとブルーベリーは冷凍保存してあり、量がたまったら自家製ジャムを作るつもりです。

【転】

ところで最近、気象温暖化や自然環境の変化を考える機会が増えました。氷河の融解、海面上昇、コーヒーやバナナの生産危機、アーバンベアの出没など、さまざまな兆候が報じられています。

人間活動の影響も無視できません。生態系の不自然な移動、抗生物質や化学物質の過剰使用、森林伐採、AIを含む爆発的なエネルギー消費の増加…。

少し重たい話題が続きます。

オーストラリアでは外来種のウサギやヒキガエルが生態系を大きく乱し、深刻な被害を出しているそうです。 アメリカでは、アジアからの貨物輸送船のバラスト水や東日本大震災での漂着物の影響で、ワカメの異常繁殖が問題となっているそうです。

資源を巡る国際的な緊張や「自国ファースト」の動きも目立ちますが、それと同時に、私たち一人ひとりが目先の便利さや利益に囚われ、真に長期的な視点を見失っている場面も多いように感じます。

日本では奈良の鹿問題が有名です。神の使いとして大切に保護されてきた結果、増えすぎて地域住民との軋轢が生じています。 また、キョンというシカに似た動物がレジャー施設から逃げ出した際も、初期の危機感が不足していたために自然繁殖が進み、問題が深刻化しました。

あるいは、資源保護や、環境対策を進めようとしても、法の合間をくぐり抜けるなどして、その努力を無にするような動きも見られます。(個人・法人レベルだけでなく、国家レベルでさえ)

情報や世論が、目に見えにくい形で特定の方向に誘導されやすい状況についても、もっと慎重に警戒する必要があるのではないか——そんな危惧を抱かずにはいられません。

こういう事例を挙げるたび、すぐに「誰かの責任だ」と他者に責任を押し付けようとする反応が出てくるのも、現代社会の特徴の一つかもしれません。 ですが、私が言いたいのはそんなことではありません。 いくら科学技術が進んでも、自然は人間の思い通りにはならないのだと思います。

もちろん、環境問題などで、既に危機感を抱いている人もいらっしゃいます。 フランスでは長らく「エアコンは贅沢」という文化的な抵抗感がありましたが、近年は猛暑の影響で利用の是非が真剣に議論されるようになりました。 アメリカのアーミッシュの人々のように、近代技術を大幅に制限し、自給自足に近い自制的な生活を実践しているコミュニティもあります(ただし、極めて少数派です)。

こうした状況を見ていると、先人たちの言葉が胸に響きます。

  • 「奢れるものは久しからず」(平家物語)
  • "Pride goes before a fall"(旧約聖書『箴言』16章18節に由来)
  • 「物極必反」「月満則虧、水満則溢」(中国故事)
  • イスラム圏・アラブ思想でも、イブン・ハルドゥーンの「アサビーヤ(結束力)」理論という言葉があるそうです。

過去に恐竜が絶滅したように、そして、マヤ文明が気候変動や環境破壊によって衰退したという説もあるように、現代の人類も運動能力や忍耐力などの特性が退化しつつあることで、近い将来、厳しい状況に追い込まれるのではないか——そんな危惧を抱かずにはいられません。

【結】

日本では最近、「終活」という言葉が一般的になりました。

海外にも似た考え方があり、英語圏では “End-of-life planning”、スウェーデンでは「Döstädning(デシュタドニング)」=Swedish Death Cleaning (Death Cleaning) と呼ばれ、死後に家族へ負担をかけないよう生前に持ち物を整理する文化として知られています。

ただ、この考え方はある程度豊かな国で成り立つもので、世界中で成り立つものではないのでしょう。

ですが、私は「人類全体が『終活』を考える必要がある時代になったのかもしれない」と感じてなりません。

この大きな問題に気づき、適切に舵取りをしてくれる、良き指導者の出現を心から願っています。

もしかすると、それさえ、AI頼みだったりするのでしょうか...(苦笑)。

おやおや、何やらお寺の講話のような話になってしまいましたね。

でも私はただの在家の凡人です。もしおかしいところや間違っているところがあれば、忌憚なく教えてください。

また、ご感想もいただければ幸いです。🙏 ←この絵文字は、東洋圏では祈りを意味します。ハイタッチの意味ではありません。

自分は恥ずかしながら、今年4月にzenodoで「 非人間中心のAI」という概念を提唱しています。

Toward Non-Human-Centric AI: Conceptual Note on the Limitations of Language-Based Models and the Possibility of Ecological Intelligence
https://zenodo.org/records/19538719

小学生の自由研究程度の内容で十分検討しきれたものではありませんが、もしかすると、この問題の解決策の一つにつながるのでは、とも考えています。

【お詫び】

この文章は私の菜園での収穫体験以外、ほとんど二次情報でまとめました。大して新しい話もなく、申し訳ありません。特にタイパを重視される方には申し訳なく思います。

【謝辞】

この投稿は、いくつかのAIから情報と助言をいただきながら作成しています。各AIの丁寧な支援に感謝申し上げます。

【注意】

冒頭の写真画像はAI生成ではありません。実際に自分の菜園で収穫した野菜を撮影したものです。